心理カウンセラーの心理学小話と日常の備忘録

言花屋ブログ 心理カウンセリング小話

無条件の肯定的関心。

そんな言葉が我々心理臨床家の間に存在します。

相手にどんな過去があろうと

そこにいる人のことを受け入れてあげる、

という姿勢のことを言うのですが

それがいかに難しいかってよく思います。


カウンセリングとして、受け入れることは

相手の力を回復する助力になるのかもしれない。



だけど、これがリアルに近い人だと

えらい依存を招く結果になり得ないということ。


カウンセリングは身内には出来ない、

という言葉の意味を痛感します。

(本当は主観が入ってしまい

カウンセリングが成功しなくなってしまう

って意味で使うんですが)


ちなみに、あとは共感的理解と…なんだっけ……



今日は仕事帰りに遊んでしまったので、

文章短い上にまとまってないですが

ぼんやりそんなことを考えながら帰宅。







4月30日追記。


共感的理解自己一致について。


まず、共感的理解ですが、定義としては

「クライエントの私的な世界を

あたかも自分自身のものであるかのように感じ取り、

しかもこの”あたかも…のように”(”as...if”)

という性質を失わないこと」

カウンセリング辞典/誠信書房 出版より



とされていて、相手の語ることのその背景

(どんな感情、思考を持って話をしてくれているのか)

を、的確に感じ取りそれに共感をするが

本格的に感情移入をしてしまうのではなく、

共感を持ちながらも1歩引いたところで、客観的に理解をする。

というカウンセラーの姿勢のことを指しています。

実際、相手が体験した事のすべてを理解すること、

それに共感を示すことは人間には不可能なわけです。

だから、あたかも自分自身のことのように感じ取りながらも

あくまで「あたかも」ということを忘れないようにする、というのが重視されています。

まぁ、本格的に感情移入してしまうと、

カウンセリングをしてるのか、ただただ同情しているだけなのかっていうのが

曖昧になってしまうし、

主観が入ってしまったら、カウンセリングは成功しなくなってしまいますからねぇ。




次に、自己一致ですが、これは簡単です。

「感情と表れる態度にずれがないこと」です。

例えば、私が待ち合わせに無断で30分遅刻したとして

(例えばどころか昨日やったばかりですが)

相手は30分待ちぼうけを食らったわけですから、ご機嫌斜めです。

そこにあたしが「ごめん、怒ってる?」と聞いたとして。

相手は、ふてくされ感漂わせながら「別に、怒ってないよ」と答えたとしたら。

まぁ、そのあとのあたしの言葉は「怒ってるじゃん!」となるわけですよね。

内心では怒っているのに、言葉では「怒ってない」って。

ここに自己の不一致が出てきます。

一致している状態というのは、ここでは「無断で遅刻したんだから、当然怒ってる。」

な答えが返ってきた場合とか。


言葉と態度が違うと、人は混乱します。

カウンセラーとしては、相手をこれ以上困らせてしまうわけにはいかないので

自己一致が求められるわけですよねー。

何気に難しいですがね。

関連記事
コメントの投稿












管理者にだけ表示を許可する
トラックバック
この記事のトラックバックURL
http://jukey.blog63.fc2.com/tb.php/322-c630b844