心理カウンセラーの心理学小話と日常の備忘録

言花屋ブログ 心理カウンセリング小話

脚本分析。

半年の講義の最後が再決断療法という重たさ。
ちょっと昨日はめげた…

+再決断療法
グールディング夫妻によって創始された、交流分析の脚本分析とゲシュタルト療法とから派生する。
脚本分析などで、問題の原体験を過去の体験から探し、イメージを使ってその原体験を再体験し、問題を乗り越えることによって実生活でも問題を乗り越えられるようにする、という療法。
本格的療法の一種に入る。
過去の体験を再体験することで効果は絶大。しかし、体験者のトラウマを引き出すことにもなるので、中途半端に終わってしまうと二次的トラウマを引き起こしてしまったり、やはり自分は乗り越える力がないんだな、と傷の上に塩を摺りこむようなことにもなってしまいかねない、結構危険も伴う。



そんな堅苦しい解説なんぞはさておき。
それを勉強すると、人間の脚本についてかなり興味がわくのだけど、人間の脚本は親から受ける禁止令を元に構成されているという考えが強いようで、みんな何かしら自分なり他人なりをディスカウントして生きているということになってしまうことになる。

基本的には
・私は私(の存在を)を認める 私はあなた(の存在を)認める
・私は私を認めない 私はあなたを認める
・私は私を認める 私はあなたを認めない
・私は私を認めない 私はあなたを認めない

の4つ。とか言われているんだけど、禁止令を元に脚本と基本的構えを構成しているならば、1つめの「私は私を認める 私はあなたを認める」という構えは出てこないってことになるんだよね。
もちろん、いつも誰に対してもその基本的構えで相手に接しているわけではなくて相手によって変わるものなんだけど、それでも…この1つ目の構えは最初から持つことはできないのかしら?
先生に聞いてみたけど、病理の視点からできてるものだから聞いたことはないなぁーという感じで言われた。。。
ないのか…

そうやって考えると、人間は人生の大事な局面ないし、日々の生活の中で自分もしくは誰かを否定しながら生きているってことにもなるんだよな。
特に人生の大事な局面では子供のころに決めた基本的構えが発動してしまって何らかの行動を起こすといわれているらしく。
それってつまりすごく怖いことだよね。

そして、自分の子供に何らかの禁止令を与え、それによって脚本を形成していってしまうんだな。とか思うと、子供を育てることってすごく怖いこと…とか思ってしまう…
そんなに深ぁく考えることでもないのかもしれないんだけどさ。


自分の何気ない癖とか、自分常識とかから探っていくと、もっと怖いことがわかりかねないですね。
それも面白そうだけど、ちゃんとできる人が近くについていてくれないととっても危険かも。



それにしても、試験前でただでさえ欝気味なところになんだか追い討ちをかけられたようでとても重たい内容でした。。。
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