心理カウンセラーの心理学小話と日常の備忘録

言花屋ブログ 心理カウンセリング小話

春っぽい仕上がり

フラワーサイコセラピスト養成講座でした。
前半の講義は実際ワークショップを開くにあたっての色々。
費用の設定とか、準備の段取りとか、花の裁き方とか。

なるほど、これからワークショップを受ける時にはこういう視点で見てしまいますな。
あー、この料金だと材料費これくらいかな、とか。
いいことか、悪いことか。

後半は例のごとく作品作り(?)でしたが、前回から実習をしています。
うちら一応カウンセラーなわけでね。花を作って、それでそいつを媒介としてカウンセリングをちょろっと。
でもたぶん。まだとんちんかんなことを言ってるんだろうな。
これは、後半年学校で勉強していくうちに身に付けていかなければ。

多少、今回の自分の作品解説をば。
これを制作にかかったとき、ものすごくおなかがすいていたんです。
時間がね、ちょうど12時の廻った頃で、健全優良児の胤さんとしては腹の虫が縮んでは持ち直そうと踏ん張りまくっている絶頂期でございます。
だから、最初にピンクの紫陽花を見たときに、そして、このちっちゃいからすうりみたいなのを見たときにすっっっっごくおいしそうに見えたんです。
しかもこのからすうりっぽいのがヤシの実だのパパイヤだのマンゴーだのそんな類の果物に見えてしまったから重症(笑)
でもって今回のベースがまた真っ白な椅子なわけで。

南国トロピカル★の完成。(あぁーあ、やっちった。)

でも、それである程度満足してもう一度眺めてみたら、こんどはものすごい違和感に襲われたんです。
これね。後ろから見るとこうなんですけども↓


あたしは、自分の背中に物がないとダメなんです。
背後恐怖症?
そんな単語があるんでしょうか………?
ってか、背後に人気を感じるのがダメなんです。
ぞーっとする。
だから、最初の回のベースも椅子だったんだけど(旧ひより参照)そのときは、背中のところにしか花がなかったんです。
それが今回もばっちり繁栄されていて、後ろを見返してみて、「なんかちがうな?」みたいな。
でね。椅子の背が四角ぃのが、だんだん墓標?のように見えてきたんです。
ぃゃ、別に、「あー墓標だ」とか思ったわけじゃないけど、背のちょうど付け根というか、座面とあるところに花があったのね。すでに。
それがなんか、花を手向けてる様子に見えたので、この花の中に何かないと!!っと漠然と思って、そのあとすぐ、薔薇の花びらを散らしました。
わかりづらいかなと思うんだけど、ピンクの紫陽花の中に黄色い薔薇の花びらが散らされてるの。
で、最後に右下に薔薇の花を置いて、気が済んだってかんじかなぁ。

ま、何でこんなイメージが出てきたって言えば、23日にお墓参りに行ってきたからだと思うんですけど。
で、別に命日ではないので(つか、誕生日<仮>だったので)明るい花を供えたんですね。なんとヒメひまわりを。
墓に供えるにはなんとも派手すぎて罰当たりなような気もしなくない上に、黄色いので、きっと蜂たちの餌食になっているんだろうな…とか思ってしまったり。
それが、今回花をいじってるときにふっと甦ったんじゃないかなぁと、改めて作品を見て思うわけです。

それにしても、毎回毎回、自分の印象に残ってる出来事とかがリアルに現われてて、あたしってそんなに単純なのかなぁ…と思ったりもするんだけど、そのくらい無意識の世界(ローゼンメイデン的に言えば無意識の領海。って、知らないか…/撲)を顕著に表してて、すごいよなぁって感心してしまいました。


心理学的解説を入れるならば、前から見た図は、右下に緑の葉っぱが上向きに伸びているってところから、調和の取れた意識が自分から外へ、前向きに発せられていると見えます。調和の取れた意識ってのが、やや抽象的な表現だなと、書いてる自分も感じたんですが、自分のなかである程度ココロの整理がついている状態と言うのかしら…理性と感情のバランスがいい状態というのかしら…。どちらにしても、なかなか精神状態は良いと言えそうだと、取っておきます(こら)
あとは、からすうりみたいな実は本当においしそうにしか見えなかったので、それが右にあるところから、とにかく早くゴハンが食べたかったんだろう。
裏に返して。
こっちは割愛。
ここからは、ACJの方向きです。
教育分析(以降「教分」と表記)受けてきました。
今回は、2回目なので、前回カウンセラーになるにあたって、自分のここはプロになるときにまずいところなのではないか?というようなものをいくつか挙げていったうち、<B>「人に言いたいことをうまくいえない」をメインテーマに進めていこうと決めたあとのところからです。
2週間ほど間が空きましたので、日常生活の中で、「今うまく言えてなかったな」みたいな場面を書き出してみてという宿題を出されたにもかかわらず、忘れてました。

で、その場でぱっと思いついた「ちょっと前に、アルバイト先で他店から応援を呼んだんだけど、そのことうまく会話が出来なかった」という出来事から話を進めていきました。

話の内容は飛ばすとして、教分の進め方は、私らが普段やってる傾聴から始まって、
→まず話を聞かれる。
 ・いつ
 ・どこで
 ・どんな状況で
 ・誰と
 ・どんな風に
 ・何が
 を事細かに聞かれました(人権とかプライバシーって平気なのかなって少し 思ったけど)
→今その問題が解決したらどんな良いことが起こるかを聞かれる。
(このあたりで、カウンセリングの流れについての解説が入る。「今話してもらったのがこうでね」みたいな)
→最初の話についてさらに深く話を聞かれる。

→例外場面を聞かれる。
(このあたりでまた解説が入る。「今のが例外場面の?」みたいな)
→今回のあたしのテーマについての解説。実際カウンセリングをしていく上で 、話を聞いて、あ、じゃあ○○療法がいいのかなとか、この人のエゴグラ
 ムが?とか、まぁ、思ってしまうけど?とかって講義の中で言ってることの 繰り返しだったり、また新たな用語が出てきて解説されたり。
→さらにテーマの絞込み(方向付け)

みたいな感じでぺけぺけ進んでいくし、一般のクライアントさんよりは、もうすでにある程度自分で方向付けをしていくという印象でした。
ただ、基本的にはカウンセリングとほとんど同じらしく、内容の整理とかはほぼ全部先生がやってくれて、自分は、上がったテーマから方向を選んでいくだけ、といった感じでした。
そして、自分らはあくまでトレーニングなので、「ねぎらい・いたわり・賞賛」といったエモーショナルな部分はほぼ抜きにしてロジックでぐるぐる進めていくというやりかたで進めているんだ、とのこと。
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